廃用症候群とは、「身体の不活動状態により生ずる二次的障害」として体系化された概念。不動、低運動や臥床(がしょう:床に就いていること)によっておこる全身の機能低下などを指します。
廃用症候群は、筋骨格系、循環・呼吸器系、内分泌・代謝系、精神神経系など各臓器の症状として多岐に現れ、日常生活自立度を低下させます。
廃用症候群の要因
廃用症候群の要因は、おもに内的(一次的)要因と外的(二次的)要因に分類されます。
内的(一次的)要因は、羅患している疾患に付随した身体症状や精神症状により不動の状態が続く場合です。具体的には麻痺、疼痛、息切れ、抑うつなどです。
外的(二次的)要因は、外部環境が身体活動を制限しているために不動の状態が続く場合です。具体的にはギプス固定、安静の指示、介助者の不在などです。
廃用症候群予防のリハビリ 80代女性のケース
廃用症候群予防のリハビリを80代女性の佐藤ふみ(仮名)さんのケースで解説します。
受傷前の環境、入院に至る経緯、手術直後から2週目までに毎日行う廃用症候群予防のリハビリを患者様の状態変化とともに詳しく紹介します。
受傷前の環境・データ
- 佐藤ふみ(仮名)さん 85歳女性
- 旦那様を亡くされ息子さん夫婦と3人暮らし。
- 受傷前ADL(日常生活動作)は屋内独歩、屋外杖で移動。身の回りのことは息子さん夫婦がお世話。
- HDS-R(長谷川式簡易知能評価スケール)において 25/30点。非認知症とみられる。
- 介護保険無し。
- 性格も大人しく息子さん夫婦が外に出ようと声をかけるも自宅から出ることは少なかった。
入院に至る経緯と手術直後の状態
今回、夜間にトイレに行こうとし転倒。体動困難となり救急車にて当院搬送。レントゲンにて右大腿骨転子部骨折の診断あり。手術目的で入院となった。
後日、手術施行となる。
手術後翌日からリハビリを開始。
ADLはバルーン(尿道から膀胱に管を挿入し溜まった尿を体外に出す方法)で全介助。リハビリに対して意欲的でなく発言も悲観的であった。
手術後1週目の廃用症候群予防のリハビリ
1日目
- リハビリを開始。プロトコール(治療計画)に特に制限なし。
- ベッド上でのギャッジアップ(ベッドの機能を使って背上げ)とリラクゼーションを開始する。その際にバイタル(脈拍、血圧)を測り安定していることを確認。
- 疼痛の訴えが強く体動困難なため、褥瘡(じょくそう:床ずれ)予防として定期的にスタッフにより体位変換を行う。
- 廃用予防として足部の運動を痛みのない程度に行ってもらうように指導。
- コミュニケーションは可能。
- ギャッジアップにて自力での食事摂取も可能。
2日目
- 状態把握を行う。1日目のリハビリ後から痛みの増強はないとのこと。
- 昨日と同じベッド上でのリラクゼーションを行い、健側(非術側の左足)の筋力訓練を開始。
- 自力での体位変換はまだ困難のため、スタッフで対応する。
3日目
- 端座位訓練(ベッドの端に座る訓練)を検討する。起居動作は全介助であるがベッド上での端座位は可能であった。
- 端座位訓練初日であったため、訓練時間を5分とした。
- 疲労感は軽度あるものの表情は明るい。
- 術後から自力排便困難であったため摘便(肛門から指を入れ便を摘出する)をお願いする。
4日目
- ベッド上での筋力訓練とリラクゼーションを実施。
- ベッド上での動きを確認すると、寝返りはベッド柵を使用すればなんとか自力で可能であった。
- 前日の端座位訓練や運動のおかげか「夜は疲れてぐっすり眠れた」とのこと。
- 全介助で端座位をとり10分程度座位保持を実施した。
5日目
- 起居動作は足をベッドから降ろすまでは可能だが、そこからの起き上がりが疼痛により困難。
- 全介助で起こし端座位訓練を実施する。話をしながら10分ほど座位保持可能。
- 佐藤さんが外に出て景色を見たいと希望されたため、車椅子離床(ベッドから車椅子へと移乗すること)ができたら外の景色を見ましょうと約束する。
- 口数も以前より増え、考えも前向きになられており積極性も出てきている様子。
6日目
- 翌日はリハビリが休みのため、足部の運動と膝を立てる運動、痛みが無い程度にギャッジアップして座位に近い状態で過ごしてもらうように指導する。
- 起居動作は肘をつくところまでは自力で可能、そこからの起き上がりは全介助で行う。
手術後2週目の廃用症候群予防のリハビリ
1日目
- 佐藤さんは家族と談笑中。同室の患者様とも会話するようになる。先週よりも笑顔が増え、口数も増えている様子。
- 起居動作は中等度介助で起き上がり可能。
- 痛みの増強が無かったため本日より車椅子離床を実施する。移乗は全介助で行う。
- 車椅子誘導(自操)で外に景色を見に行くと佐藤さんは「気分がスッキリした」と。
- リハ室に誘導しバランスディスクに足を置いて踏む訓練。足底への感覚入力と足関節の可動域獲得が目的。
- ディジョックボード(動的関節制御訓練用のボード)での下肢可動域訓練(膝関節、足関節)を行う。
2日目
- 本日も車椅子離床を実施。移乗は軽介助で可能となる。
- 歩きたいと佐藤さんがおっしゃるため、まずは平行棒内での起立訓練から開始した。
- 起立は中等度介助で可能。荷重はやや健側(非術側の左足)にかかり気味であった。
- 痛みの訴えは右股関節に軽度あるが、立てたことに喜びを感じられていた。
3日目
- 車椅子移乗が見守りで可能となる。
- リハビリは今週から行っている内容とともに本日も起立訓練を実施した。
- 痛みは右股関節に軽度あるが起立時間は伸びていた。
- 口数も増えて前向きな話もされるようになった。
- 身体能力が向上していくにつれてリハビリ意欲・モチベーションも上がっている。
- 自室に帰ると、同室者にリハビリで立てたことを報告するなど周囲の患者様との交流も広がっている様子。
4日目
- 食事はベッドギャッジアップからベッドサイド端座位にて摂取が可能となる。
- 本日より平行棒内歩行訓練を開始。2mを中等度介助で実施。
- 踏み返しながら歩くと右股関節痛が増強するため、まずは揃え型での歩行から始めた。
- 看護師と相談し、明日バルーンの抜管を予定。
揃え型歩行:
右足(術側)よりも左足(非術側)が前に出ないように歩くこと。
右足にかかる負担を減らしながら歩くことが出来る。
5日目
- バルーン抜管となり更衣動作が可能になったため、日中はddトイレナースコール(ナースコールボタンで介助者を呼びポータブルトイレで排泄を行うこと)対応、夜はオムツとなる。
- 平行棒内歩行は4mを中等度介助で可能だったため、歩行車での歩行訓練を検討する。
- お見舞いに来られたご家族は、佐藤さんが受傷前より意欲的になられていることと、リハビリにも積極的に取り組まれていることに喜ばれていた。
6日目
- 日中ddトイレ動作が安定していたため、日中ddトイレ自立(1人で自立してポータブルトイレを使用できること)、夜間ddトイレナースコール対応に変更する。
- 本日より歩行車での歩行訓練を実施。中等度介助で10mほど歩行可能。
- 疲労感と疼痛の訴えは軽度あるも、休憩をはさみながら10mほどの歩行を3回実施した。
- 現状の身体能力で回復期病棟へ転棟された。
廃用症候群にならなかった佐藤さんのケースのまとめ
佐藤さんは活気のある病室に転棟されたため、同室者との談笑を楽しまれ日中の離床時間も長くなりました。
三週目以降は、終日Pトイレ自立となり、そののち歩行車での歩行も自立となりました。
以下の理由が佐藤さんの廃用予防につながり、早期トイレ自立となられたと考えられます。
- 痛みが比較的軽度であったこと。
- 術後早期からの廃用症候群予防としての運動や離床が行えたこと。
- ご家族の協力があったこと。
- 社会交流が増え、本人のモチベーションが上がったこと。
廃用症候群の予防運動を紹介します
廃用症候群予防のために、城内病院リハビリ部で行う運動や訓練を紹介します。
足関節底背屈運動
目的:術後早期に行ない、深部静脈血栓症を予防する。
注意点:痛みと疲労に応じて回数を調節しましょう。
回数:気づいたときに痛みがない程度で行う。
バランスディスクを使っての足関節底背屈運動
目的:足底への感覚入力、足関節の可動域拡大のための訓練。
注意点:痛みと疲労に応じて回数を調節しましょう。
回数:上下30回ずつ。
車椅子上でのディジョックボードを使用した可動域訓練
目的:膝関節の可動域拡大のための訓練。
注意点:痛みと疲労に応じて回数を調節しましょう。
回数:前後30回ずつ。