患者様が怪我で入院すると、病前には経験することのなかった困難に直面して身体的にも精神的にも苦痛を感じてしまいます。
そのため、リハビリ開始当初は患者様の回復意欲が低いケースが多く見られます。
患者様の回復意欲の高さは生命予後や退院後の日常生活の自立度に好影響を及ぼします。一方、回復意欲の低さは社会復帰や仕事復帰へのマイナス要因となることが報告されています。
ですから、リハビリスタッフには患者様のメンタルをケアして回復意欲を高めることが求められます。
患者様の精神状態を評価する
患者様の抑うつ度を把握することで、スッタフは患者様自身の環境や精神状態を理解することができ、効率的なリハビリを可能にします。
高齢患者様は身体の不調・疲労感・しびれ・痛み・倦怠感のみを訴えることが多いため、内面の状態つまり精神状態が見落とされやすいのが現状です。
そのため、精神科専門医や臨床心理士がいない病院では、SDS(うつ性自己評価尺度)やGDS(老年期うつ病評価尺度)という質問票を使用し、患者様の精神状態を評価することがあります。
メンタルケアの効果
患者様との共感や適度な励ましでリハビリを意欲的に継続できれば、日常生活動作の回復に効果があると考えられています。
会話時のスタッフのうなずきや相槌は、患者様が話をきちんと聞いてくれているという共感を覚るため、両者の信頼関係の構築に有効です。
リハビリを意欲的に取り組んでもらうためには、病室やそれ以外で過ごされている様子などを観察することも重要です。
顔の表情や歩行状態などリハビリの時間以外でも頑張っている姿を見かけたことを伝えれば、親密度が向上します。
歩行状態が前日よりも改善した場合など改善程度を伝えることは、患者様自身で身体回復を把握でき意欲向上に繋がります。
回復意欲がリハビリに与える影響を検証
リハビリを効率的に進めるためにメンタルケアで回復意欲を高めることがスタッフには求められます。しかし、すべてのケースでメンタルケアがリハビリに好影響を与えるとは限りません。
今回は回復意欲がリハビリに与える影響を検証するため、スタッフの経験をもとに設定した一般的なモデルケースで、メンタルケアが回復意欲を高めたケースと回復意欲を高めることができなかったケースを紹介します。
患者様の入院当初の精神状態
名前:まいこさん(仮名) 女性 60代 夫婦2人暮らし 趣味:旅行
炊事・洗濯など家事全般を行う専業主婦。年に一度の旅行が楽しみ。
ある日、洗濯物を干す時にベランダの段差につまずき転倒、旦那様が救急車を呼び当院へ搬送されました。
精密検査にて右大腿頚部骨折と診断され入院となりました。
入院当初は股関節の痛みや慣れない環境に戸惑い、手術をしなければ歩くことができない不安に直面し落ち込んで時折マイナスの発言をされていました。
「旦那は一人で生活できるのかしら?」「手術は大丈夫かな?」「こんなに痛いのなら早く死んでしまいたい!!!」
そこで、私たちスタッフはうつ病の可能性を疑い、高齢者うつ病の評価スケールであるGDS-15 (老年期うつ病評価尺度)を行いました。
GDS-15 は5点以上でうつ傾向、10点以上でうつ状態と判定することができるのですが、まいこさんの評価点は10点でうつ状態の可能性ありと判定されました。
メンタルケアで回復意欲が高まりリハビリに好影響を与えたケース
まいこさん(仮名)が大部屋に入室した際には、スタッフは手術前にまいこさんが口にしていた不安な言葉を覚えていたため、孤立感や不安感が増加しないように言葉かけをしました。
「手術をすれば、また歩けるようになりますよ。」「しっかり治療をして旦那様に元気な姿をみせましょう。」
手術翌日には、スタッフは身体状態、食事の摂取量などを評価したのち、まいこさんにコミュニケーションを図りました。
まいこさんは創部痛や動けないことによる今後への不安、家族の心配などたくさんの悩みを抱えていることがわかりました。
このため、スタッフはまいこさんの話に耳を傾け、今の思いや心の奥にある思いを感じ取ることで不安や焦りをなるべく取り除くようにメンタルケアに注意を払いながらリハビリを行いました。
骨折部の痛みの不安にはマッサージ・筋力訓練などで軽減を図り、不安などの精神面にはコミュニケーションで対応しました。
- 話をきちんと聞くことで共感や安心してもらえるようにする。
- 仕草やジェスチャーなどを同じように真似をする。
- 声のトーンを同じようにする。
- マイナスの発言が見られたときは話を傾聴し、リハビリ意欲が低下しないように。
- 関節の動きや筋力量・歩行量が向上した際は、身体機能が回復していることを患者様に伝
え安心感や意欲の向上を図る。
身体機能が向上したため、車椅子から歩行器や杖を使用した歩行状態となりました。
退院前に自宅での生活を想定した動作訓練を実施すると、まいこさんに退院しても自立した生活ができるという自信が見られるようになりました。
自宅に退院後は趣味である旅行に行くという次の目標を達成するために、週に2~3回リハビリ通院し日々頑張られています。
メンタルケアで回復意欲を高めることができなかったケース
マイナスの発言が多くあるため、スッタフは病室ではまいこさんと会話でなるべくコミュニケーション。しかし、痛みや不安が強く、スタッフとの会話さえも拒否されることも。
それでも、不安や孤立感が増加しないように心がけていましたが、まいこさんはなかなか心を開いてくれませんでした。
手術翌日の病室、まいこさんには身体のだるさや創部痛があり、スタッフがコミュニケーションを図ろうとしても苦痛の表情をされ、会話はほぼできない状態。
一日のほとんどをベッドで過ごすため必然と悩む時間が多くなり、不安や焦りが強くなっていくようでした。
座る・立つ・歩行のリハビリ訓練でも、意欲が沸かず「動きたくない。身体がきつい。」などと訴えることが多くなりました。
リハビリ中にスタッフが声をかけるもまいこさんは無言で返答されないことが多く、信頼関係を築くことさえも難しい状態になっていました。
歩行状態は徐々に向上し歩行器を使用できるまでのレベルとなりましたが、関節の動きが硬くバランス能力も低下していたため、旦那様と今後について相談し退院先は施設の方向へとなってしまいました。
まいこさんには自宅に戻りたいという希望があったのですが、施設へ行かなければならないことにより不安が増してしまいました。
そのため以前よりもリハビリに対しての意欲が低下してしまい、身体機能の回復があまり改善できずに施設への退院となりました。
リハビリスタッフがコミュニケーションで心がけていること
患者様も一人の人間です。一人一人の顔が違うように性格も違います。
私たちは患者様の不安や焦りなどのマイナスの思いを、一緒に考え一緒に治療していきたいと心がけています。
- 患者様の話にきちんと傾聴すること。
- 患者様と医療従事者という立場ですが、上から目線で話をするのではなく、一人の人間として対等な話し方で会話すること。
- 患者様とは、相槌、オウム返し、患者様の仕草のマネをしながら会話する。
- 患者様との会話では状況に応じて、声の大きさ、トーン、スピードなどのテンポを変える。
- 患者様に質問する際は、信頼関係に応じて返答しやすい質問をする。
- 信頼関係を築くことが難しい場合は、自分自身の話をすることで患者様との心の距離を縮める。